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3冠とってたかなぁ・・

 
アグネスタキオンの皐月賞です。



私はこのレースをゴール前で見ていました。

馬券は外れましたが、
生でタキオンの走りを見れて興奮していました。


後々思うとこの時見に行って本当によかったです。


まさかこれが最後のレースになるとは・・・。


うーん。残念。


まだ手元にその時の新聞があります。



2001年5月3日(木)
「21世紀の怪物 アグネスタキオン引退へ」


何故か大切にとっておいてます。。


無事にいけば、3冠とってたと思うんだけどなぁ。


あなたもタキオンのベストと名高いこのレースを見れば、
その思いを強くすることでしょう。


クロフネ vs ジャンポケ vs タキオン


「ラジオたんぱ杯3歳S」




(゚ー゚*)



惚れちゃいそうです。。






<アグネスタキオン>

父:サンデーサイレンス
母:アグネスフローラ


デビューは比較的遅く2000年12月の阪神芝2000m新馬戦となった。
アグネスフライトの全弟ということで注目を浴びたものの、調教タイムが目立つ数字ではなかったため3番人気にとどまった。

だがレースでは、ただ1頭ラスト3ハロン33秒台の上がりで、
2着リブロードキャスト(ロジータの仔)に3馬身半差で圧勝。
3着にメイショウラムセス、5着に1番人気のボーンキング
(ダービー馬・フサイチコンコルドの半弟)、
9着にアドマイヤセレクト(セレクトセールで1億9千万円)と
良血馬の集まったレースだった。

2戦目に選んだラジオたんぱ杯3歳ステークスは
さらに相手が強化されたが見事に勝利。

2馬身半差の2着はのちの東京優駿(日本ダービー)、
ジャパンカップ優勝馬ジャングルポケット、
3着はのちのNHKマイルカップ、ジャパンカップダート優勝馬クロフネと、
後から振り返るとのちのG1馬が1着、2着、3着を占める
超ハイレベルの一戦であった。

翌年、年明け初戦に選んだ弥生賞は不良馬場となったが、
2着のボーンキングに手前も変えずに5馬身差という
圧倒的な差で勝利、その強さを中山の観衆に見せつけた。
4着にはのちの菊花賞、有馬記念、天皇賞(春)の優勝馬
マンハッタンカフェがいた。

年明け二戦目はクラシック第一弾となる皐月賞で、
単勝1.3倍の圧倒的1番人気に見事応えて快勝。

2着にはのちの宝塚記念優勝馬ダンツフレーム。
これで4戦全勝、しかもいずれも危なげのない内容での
勝利であったことから、三冠は確実との声もあったが、
5月2日に左前浅屈腱炎を発症し、ダービーを断念。

その後社台ファームに放牧されたが、関係者協議の上で
引退が決定し、8月29日に引退発表がなされた。
9月30日には阪神競馬場で引退式が行われた。

日本ダービーのTV中継で、
「ジャングルポケットがゴールした瞬間に、
2馬身先にアグネスタキオンが走っている姿が見えた」と、
ある解説者が発言していた事は有名。

また、完勝に見えた皐月賞であるが、鞍上の河内洋は
「この馬本来の走りではない」とコメント。

この馬の奥の深さがうかがい知れるコメントである。

また、屈腱炎を発症した左脚は弥生賞のレース後から、
具合があまり良くなかったとのこと。

同馬が下した同世代の馬(ジャングルポケット、クロフネ、
マンハッタンカフェ)がのちのちことごとく活躍したため、
同馬の評価は引退後も高まっていき、幻の三冠馬と呼ぶ人もいた。

(出展:ウィキペディア (Wikipedia): フリー百科事典)

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