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ありえない足

追い込みの名牝といえば。


ヒシアマゾン。


日本中の鳥肌を独り占めしたこのレースを覚えてますか?


1994年 クリスタルカップです。









(; ̄Д ̄)




まさに異次元の末脚です。



<ヒシアマゾン>

父 Theatrical
母 Katies

誕生日:1991年3月26日

20戦10勝

1993年9月19日の新馬戦を中舘英二騎手とのコンビで快勝。
続くプラタナス賞、京成杯3歳ステークスと2戦連続で2着した後の
阪神3歳牝馬ステークスで2着ローブモンタントに5馬身差をつけて
圧勝し、一躍牝馬のスターダムに躍り出た。

明けて1994年春、当時は外国産馬にクラシックへの出走が
認められていなかったため、裏街道を歩むことになった。

年明け緒戦の京成杯こそ2着に敗れたものの、
続くクイーンカップ、クリスタルカップ、
ニュージーランドトロフィー4歳ステークスといずれも
1番人気に応えて快勝した。

特にクリスタルカップで見せた残り100mでの4馬身差を差し、
逆に1馬身差をつけた驚異の追い込みは
今でもファンの間の語り草であり
井崎脩五郎も20世紀のベストレースの1つにあげている。

秋シーズンもクイーンステークス、ローズステークスを連勝し、
迎えたエリザベス女王杯では優駿牝馬優勝馬チョウカイキャロル
との叩きあいをハナ差制し、重賞6連勝で名実ともに4歳最強牝馬となった。

続く有馬記念でも並み居る牡馬を抑えてナリタブライアンの2着に入り、
最優秀4歳牝馬に選出された。

5歳となった1995年は、春にアメリカ遠征に挑戦するも
レース直前に脚部不安に見舞われ帰国、
帰国後緒戦の高松宮杯ではスタートから折り合いを欠き5着に敗れ、
デビューからの連続連対記録が12で途絶えるなど、
上半期は不本意なシーズンになった。

しかし秋になり、オールカマー、京都大賞典を圧勝し、
完全復調をアピール。迎えたジャパンカップでは、
直線鋭く追い込んだものの先に抜け出したランドに
1馬身半及ばず2着に敗れたが、負けてなお強しの印象であった。
続く有馬記念では1番人気に推されたものの5着に終わった。

6歳になると順調さを欠き、安田記念は10着、
エリザベス女王杯は2位入線も斜行により7着降着、
有馬記念は5着に敗れ、これを最後に現役を引退した。

GIこそ2勝にとどまったものの、その圧倒的な追い込みや、
外国産牝馬には不遇とも言える時代背景もあり、
今なお歴代最強牝馬として本馬の名を挙げる声も強い。

余談ながら、当初オーナーサイドは「ヒシアマゾネス」で
馬名登録申請したものの却下され、この名前になったという。


(出展:ウィキペディア (Wikipedia): フリー百科事典)
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